Lism -ビアンのふたりごと-

楽しさ、追求中。

突然の訪問者。

 

昨晩、突然の訪問者が。

 

閉店フィーバー中のM店ではありません

※ご期待された方、申し訳。※

 

何処にかって、そう、わざわざうちの大学に。

第一回教育関係者オフ会から参加してくれている方。ご縁があって、その帰り道、駅まで語り合ったり。その後が人生のターニングポイントになるとは(感慨深い)。

 

そんな彼女が、我が大学に登場!

そりゃあもう、すべての仕事を放り投げ

お逢いしに行きますよねー!

緊急開催教育関係者会

 

で、当然の如く拉致。

せっかくなので、場所を移して語り合い!

 

そして安定の、教育トーク

教育現場でLGBTを取り上げることの意義、そしてなによりそのリスクバランスを考慮したうえでどちらが適切なのか。それは発達段階に応じて異なるのか。その場合、導入すべきはどの段階なのか。

 

 

本当に教育すべきは、当事者なのか。

そもそもアプローチする順序性は。学校現場の場合学齢期の当事者の場合、そして外部講師として介入する場合

 

 

教員研修や講演を聞き、LGBT授業で導入する教師たちの存在をどう考えるか。

アウトプットが得意な教員たち、研修や講演会の場ってインプットする場で、そこで学んだことを知識としてすぐにアウトプットしたがるんですよね。そのリスクと弊害を常に念頭に置く必要があること。その知識、本当に合っていますか、あなたが発することは適切ですか。

 

 

何が必要なのか、ではなく、

 

何で必要なのかどうして必要なのか

 

本当に大事なのはそこなんだ。

 

 

 

配慮は排除と紙一重。

 

昨晩途中から参戦してきた彼の名言です。

そう、配慮をしているつもりでも、受け取り手によってそれは如何様にでも解釈されてしまうということ。子どもたちが多様であるように、受け取り手も多様なんです。

適切な配慮必要な支援、あなたはできていますか。過不足なく説くこと、これが大切。

 

 

結論、教育には素麺が不可欠。(え、笑)

気になる方はぜひ、第二回の学習会へどうぞ。

もしくは突撃でご訪問ください。←

 

 

また、授業でLGBTを取り上げたい先生方

ぜひ一度ご相談ください。

education.care.off@gmail.com

(担当:maai)

今日も、たったひとりのために。

Lism/maai